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狸小路祭り

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今日は、ずっと気になっていた「狸小路の祭り」に参加してきた。札幌の夏といえばビアガーデンや花火もあるけれど、この狸小路商店街の祭りは、なんとも言えない“地元の熱気”と“レトロな賑わい”が混ざっていて、とても魅力的だった。 商店街のアーケードの下に、提灯がずらりと吊るされ、浴衣姿の人たちが行き交う。人の波に押されながらも、ふとすれ違った屋台から漂ってくる焼きとうもろこしの香ばしい匂いに立ち止まってしまう。あれはもう反則だ。買わないわけがない。ひと口かじった瞬間、口の中いっぱいに北海道の夏が広がった。 ステージでは地元の子どもたちの太鼓演奏や、学生のダンスチームのパフォーマンスが行われていて、観客の拍手がアーケードに反響していた。ああ、こういう「場所の音」って、記憶に残るんだなと思った。昔どこかで聞いたような、でも新しい音。 そして何より印象に残ったのは、狸小路のマスコットキャラクターたちが練り歩く「狸行列」。思わず写真を撮ってしまった。ゆるキャラなのに、妙にリアルでちょっと怖くて、でも憎めない顔。 夜になると、通りがライトアップされ、昼間よりも幻想的に変わっていた。生演奏のジャズバンドが登場したとき、周囲の空気が一瞬だけ都会から“物語の中”に変わった気がした。まるで狸たちがこっそり人間のふりをして楽しんでいるような、そんな空気。 観光客もたくさんいたけれど、不思議と混雑を苦に感じなかった。多分、誰もが“ちょっとした魔法”にかかっていたんだと思う。 日常からほんの少し離れて、狸たちの世界に迷い込んだような一日だった。帰り道の風が少し涼しくて、夏を感じながらアイスを食べた。

35℃の密室で、統計に殺されるとは思わなかった

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◆北海道のエアコン保有率(統計データ) 総務省「住宅・土地統計調査」や家電業界の調査などから、北海道のエアコン普及率は全国で最も低く、以下のような傾向があります: ◆北海道のエアコン保有率:  ・2023年時点:約40〜45%(世帯あたり)  ・2000年代初頭は10%未満。近年ようやく増加中。 ◆全国平均:  ・2023年時点:約90%以上(東京都や大阪府では95〜98%) ◆猛暑日数の変化(札幌)  ・2000年以前:真夏日(30℃以上)は年数日、◆猛暑日(35℃以上)はほぼゼロ  ・近年:30℃超えが年20日を超えることも、35℃超えも数回出現  つまり、気候は変わったのに、建築・設備はまだ追いついてない。北海道民の多くが「断熱地獄」に取り残されているのが現実。 --- 2025年7月24日(木) 札幌は35.3℃を記録した。 道内のニュースでは、「今年一番の猛暑」と言われているが、私は知っている。これはもう気象変動の予告編ではなく、本編だ。 でも…うちにはエアコンがない。 そしてそれは「私が怠慢だったから」ではない。 それは、統計がそうだったから。 北海道のエアコン普及率、2023年でも45%。つまり、半分以上の家庭がまだ持っていない。 かつては、「北海道にエアコンなんて不要」というのが常識だった。夏は数日だけ暑くなり、扇風機と窓の開放で足りた。断熱材は厚く、隙間風を防ぎ、冬を乗り越える。 しかし今、35℃の熱がこの高気密空間に閉じ込められている。 外に出られず、熱も出ていかない。 外気温35℃。 室内温度34.7℃。 統計的に見て、死にかけてる。 東京でエアコンがないというと「え?何それ?」という顔をされるが、北海道ではそれが「割と普通」だった。自分が統計の中の数値だったことを、今さら思い知らされる。 しかもこの状況は、年々悪化している。 猛暑日が増え、気候が変わり、 それでも住宅政策や設計思想が更新されないまま、 「冷やすことが想定されていない家」が今日も煮えている。 --- 結論:北海道の家は、温暖化に対して「過去の平均」しか見ていない。だが私は、「今この瞬間の偏差値35℃」のなかで、生き延びなければならない。

他者の苦しみを模倣するということ──「かわいそう」と言葉にする前に知るべき社会的責任

■はじめに 近年、公共空間や店舗などで、他者の振る舞いや知的に問題がある発達特徴や身体的特徴や精神的特徴を模倣して見せ物化する行為が散見されます。中には、「かわいそう」「助けてあげたい」という言葉を伴いながらも、実際には本人の意思や尊厳を無視し、周囲への娯楽として消費するという、極めて非倫理的かつ加害的な行為が含まれています。 この文章は、こうした行為が持つ構造的暴力性と、そこに無自覚に加担してしまう可能性への警鐘を鳴らすものです。 ■模倣という無意識の攻撃性 「真似」は一見、遊びや親しみの一環と見なされがちです。しかし、特定の人間の所作や声、表情、動作を本人の許可なく再現し、それを他者に向けて演出する行為は、嘲笑・排除・差別の道具になり得ます。 とりわけ、その対象が「見た目」「発話」「動作」「抑揚のある知能」「飛躍した想像性」「思考の偏り」「心の凝り」「心理的な疲労感」「孤立」に特徴を持つ人々──障害や疾患を抱える方々や、社会的マイノリティである場合、それは人格への直接的な侮辱であり、場合によっては差別的言動に該当します。 ■「かわいそう」という言葉の両義性 「かわいそう」は、時に思いやりの表明である一方で、優越と他者化の表現でもあります。 この言葉を用いた時、「自分は健常であり、あの人とは違う」という無意識の線引きがなされます。 それが行為や模倣と結びついたとき、そこには「私たち」と「あの人たち」という隔たりが生まれます。その隔たりこそが差別の温床であり、社会的排除の入り口です。 ■なぜそれが問題なのか──社会構造の再生産 こうした行為が問題視されるのは、単に「傷つけるから」ではありません。 模倣や見せ物化の行為は、無意識のうちに以下のような偏見と構造的暴力を再生産しています。 弱さや特異性は、笑いの対象にしてよいという認識 「普通」である人が、他者の生き方を評価・消費できるという思い上がり 他者の尊厳は、娯楽や話題性の前に軽視してよいという風潮 それは社会全体にとっても、共感や多様性を損なう重大なリスクです。 ■あなたが社会に及ぼす影響 模倣行為や「かわいそう」の濫用は、目の前の人だけでなく、あなた自身の人格も問われています。 他者を見下し、嘲笑し、善意の仮面で加害に加担することで、 ・信頼を失い ・人間関係を崩し ・将来の社会的信用を損なう可能性 があります...

通院とは、人体実験であり人間観察であり、笑える知の冒険である。

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移動だけで汗が止まらない。 発汗量を測れば、水1.2L/hrという驚異的なナトリウム排出イベント。脳内では熱ストレスによってアセチルコリンが乱舞している(たぶん) 車内のエントロピー、過去最大級。乗客ひとりあたりの自由エネルギー、マイナスの値を記録。目の前のサラリーマンの汗が、物理的に液相転移(気体→液体)して私のシャツに落ちた瞬間、「これはもう濃厚接触じゃなくて分子レベルの接触事故」 私はストレスモデルマウスである。 「この状態のドーパミン放出量、実験したいな…」とか考えながら、他人の不快感を浴びる。思考に対する社会的報酬、マイナス。

みんなが悪い。そう言い切って何が悪いのか。

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みんなが悪い──それが現実だ。 個人の努力不足でも性格でもない。無関心で、利己的で、沈黙することで加害に加担してきたこの社会の全員が、悪い。 暗く深くうずくまり困っている人を見て「見なかったことにする」泣いている子どもに「うるさい」と言う。苦しんでいる人に「自分でなんとかしろ」と言う。制度はあるふりをして、届かないように設計されている。 「傷病者が助けを求めるには、まずあなたが健康であってください」そんな矛盾した言葉を、平気で突きつけてくる。 優しさを語る人も、社会を批判する人も、みんな同じだ。一番近くの叫びには、耳を塞ぐ。「そんなに苦しいなら死ねばいい」と言わないまでも、態度で伝える。それが一番悪質だ。 善人のふりをした臆病者 正義を語りながら沈黙する群衆 口だけの支援者 家族の顔をして責任を放棄する親たち 助けるべき立場にいて、何もしなかったあらゆる人たち 全員を赦さない。みんなが悪い。誰か1人でも、本気で寄り添っていたなら、こんなにも壊れなかった。だから、もう黙らない。 この社会の無関心や優しくなさこそが、殺しかけたのだ。

鋭く冷徹に構造を抉る「誰も助けてくれなかった」の裏側

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「誰も助けてくれなかった」 これは単なる不幸な個別事象ではない。 むしろ、それを可能にしているのは、この社会の構造そのものであり、そこに生きる私たち自身の無関心と責任の分散である。仕組み自体が、支援を受けるべき人を排除するために意図的に作られている。  責任の拡散と「誰のせいでもない」無責任の構造。誰も助けなかったのは、誰か一人の問題ではない。役所、地域社会、家族、職場、近隣…それぞれが「自分の責任ではない」と線引きをし、責任の所在を曖昧にする。それがこの社会の無責任な共犯関係を成り立たせている。その結果、助けを必要とする個人は、「誰も助けない社会」の犠牲者となる。 「助けやすい人」と「助けられない人」の冷酷な選別。社会は助けるべき対象を無意識のうちに選別する。「助けやすい人」=外見的にわかりやすい、言葉にできる、感謝する人、将来性がある人。それ以外は、助けの手から外される。この選別は個人の善意や悪意とは無関係に、制度・文化・経済の構造に根差す差別であり、無慈悲な排除の論理である。 心理的・社会的な「見て見ぬふり」の合理化。支援者側もまた被害者である。彼らは過労やストレス、自己防衛から「関わらない」という選択を合理化する。だがこの「見て見ぬふり」は、結果的に構造的な暴力を維持する行為であり、誰も責められない“正当な暴力”として機能している。 「誰も助けてくれなかった」という言葉は、 この社会の制度的欠陥、責任回避の共犯関係、無慈悲な選別構造、そして自己防衛に隠れた暴力の連鎖を暴露する鋭利な刃である。 それをただの個人の不幸と片付けることは、 社会全体が自らの無責任を許し続け、次の犠牲者を生み出すことに等しい。

光の余白に触れる

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懐かしい写真たちが、そっと呼吸していた。 カシャ、という音のない瞬間が まるで今も 私を待っていたかのように。 あのときの私は、笑えていたかな。 少しだけ無理してたような でも、それでも笑いたかったような。 写真は、ほんとうの感情を うまく映してくれない。 けれど、うつくしく景色を止め残してくれる。 切り取られた時間の中で やさしく補正された記憶のように 「たいせつ」と名づけた瞬間たちが並んでいた。 現実では見えなかった、光の揺れ。 風のにおい。 隣にいた人の、声じゃなくて体温。 あの日、気づけなかったものたちが 写真になって やっと私の胸に降りてきた。 幻想みたいな現実。 現実に似た幻。 写真はどちらでもあって、どちらでもない。 心がざわつくとき、 涙が理由をもたず流れるとき、 私はそっと一枚の写真を手に取る。 そこに、私の過去も、 癒えていない現在も、 まだ来ない未来も、静かに重なっているから。 写真は、言葉よりもやさしく 記憶よりも確かに 「生きていた証」を撫でてくれる。