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いつかのこと

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  今日は被害届の手続きのために警察へ向かったはずなのに、気づけば静かな迷路の中を歩いているようだった。窓口から窓口へと導かれ、そのたびに新しい紙が現れて、行き先はいつも少し先へと遠のいていく。 人々の声はやわらかく、どこか遠くで響いている。丁寧に紡がれる言葉は確かに優しいのに、不思議と現実感が薄く、決められた流れの中でただ漂っているような感覚になる。 正しさと公平さでできたこの場所は、曖昧さを許さないはずなのに、なぜか輪郭だけがぼやけていく。あの人たちの全ては嘘だ。出口はきっとあるのに、そこへ続く道だけが霞んで見えない。 帰り道、外の空気に触れてようやく現実に戻った気がした。少しだけ疲れて、でもどこか夢から覚めたような一日だった。

COVID-19 パンデミック対応記録

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 COVID-19 パンデミック対応記録  ■ 前史:災害対応の継続経験(1990年代〜2010年代) 1995年1月17日:阪神・淡路大震災   → 発達障害・自閉症スペクトラム(知的障害があるかは不明)の親子支援に従事 2011年3月11日:東日本大震災   → 困窮者支援・被災者支援・富裕層(タワーマンション等)の生活維持支援 2018年9月6日:北海道胆振東部地震   → 市民全体への広域支援へ拡張 ※上記より → 支援対象は「弱者 → 全階層」へ拡大 ■ フェーズ1:初動(無認知状態) 2020年2月〜3月 2020年2月28日   → 北海道緊急事態宣言発令(全国初) 当時の状況 テレビなし  インターネット情報のみ コロナの概念理解なし  周囲からの断片的情報(嫌味・噂レベル) 行動 通常勤務継続 音楽を聴きながら業務没頭  ■ フェーズ2:社会停止と失職 2020年3月〜5月 2020年4月7日   → 日本の緊急事態宣言発令  社会状況(数値・事象) 駅前:シャッター閉鎖率ほぼ100% 国際線・国内線・駅:大規模停止 飲食業:稼働率ほぼ0% 求人倍率:極端低下 例:単発バイト1件に100人応募(1時間で締切) 個人状況 BMI30.5基礎疾患扱い(伏せていた) 自宅待機指示 発令直後に退職を余儀なくされる ■ フェーズ3:就職活動・勉強・講座講義参加(極限環境) 2020年4月〜2023年  行動量  1日あたり応募・閲覧・面接数:約40件  手段:郵送・電話・インターネット・リアル  応募対象:公的機関中心 財務省 金融庁 国土交通省 気象庁 医療福祉・研究機関・衛生関連など 毎日インターネットでCOVID-19から心理的安全を勉強し、実務研修講座講義参加、本来は数万円する自己分析を補助金が出ているので医療系派遣会社で無料診断が受けられた(リモート・リアル) 戦略・選択理由 正しく恐れることで、知れば知るほど、対策、対応、心理的安全確保が図れて制約された緊急事態宣言渦中でも自由に動ける。災害時は「民間より行政」と考えた。更に落ちても構わないから仕事、面接、応募中は最小限は心身の安全が回りから図られやす...

東日本大震災から15年

  震災の記憶は、音ではなく温度で残る。 あの日の寒さを、私は覚えている。 三月の空気はまだ冬だった。 東日本大震災の日、私は北海道にいた。 連絡が取れない人がいた。研究職や民間企業、公務、元自営業の身内らだった。 世界が突然、遠くなった。 災害現場の病院では医師や心理士、入院患者が受付をしていた。人間は、壊れると同時に支え合う生き物らしい。一部を除いて。 夜、公園で叫んだことがある。 心が持たなかった。 そんなとき、宗教の勧誘が来た。 私はチラシを投げ返した。 怒りは、時に人を守る。 やがて、一つの命が生まれた。 震災の数か月後だった。 地下鉄の中で、私は電話越しに冗談を言っていた。 「出る出る出る」 恐怖を笑いに変えるしかなかった。 赤ん坊の写真が送られてきたとき、後ろのサラリーマンが拍手した。あの拍手は、命に対する拍手だったのだと思う。 震災は多くのものを奪った。 しかし同時に、命が生まれていた。 絶望の年に、希望も生まれていた。 人間という生き物は、どうやらそういう構造らしい。 一部記録抜粋は以下 東日本大震災時期2011年3月11日以降  当時の所在地:北海道 主な活動  1. 情報収集 ※被災者との直接対話 ※ 災害対策本部との連絡 ※Medecins Sans Frontieres関係者との情報交換 ※被災地病院医療機関との連絡 ※音楽配信、音楽家に協力依頼(パニックを収める、世界に発信協力依頼の相互作用、心理的緩和目的) ※社会福祉協議会に被災者対応相談  2. 心理支援 SNSでの時間認識支援(パニック状態の被災者に対し) 投稿内容 ※おはよう ※お昼だよ ※こんばんは ※水飲んだ? ※ご飯食べた? ※お休みなさい ※24時間いつでも連絡して下さい 目的 災害時の時間感覚喪失を防ぐ(人災、非常事態、海難、遭難経験者の孤独や喪失期を経た特殊な方は時には解るかと思われます。)  3. 行政キャリア選択 震災経験を契機に ※災害対応、生まれた子供ら、市民、自らを護る目的として公務就職目的とした行動 ※地域防災の救命救助活動実務参加 ※消防団、公的機関での民間降り企業従事、不動産、管理、インフラ事業従事、医療福祉機関関連に従事、公務員に従事 ※投資 4. 北海道地震対応(後年) 状況 ※直下型、震度6強地区ど...

夜の繁華街

夕方から夜の繁華街を、ペットのブタを連れて歩いた。小さなリードをつけて、ゆっくり歩くひとたちに遭遇した。犬なら珍しくないが、ブタなので人が振り返る。二度見する人、笑う人、写真を撮りたそうにする人。ブタはそんなことを気にせず、地面の匂いを嗅ぎながら静かに歩いている。ネオンの光の中を、ピンク色の背中がのんびり進んでいく。 そのとき、後ろから歩いてきた男性たちの会話が聞こえた。 「でもさ、ああいう人でも昼職の人もいるよ」 その言葉に少し驚いた。わざわざそんなことを確認する会話をしていることに。そういう世界には立ち入ることが皆無だったので、恐怖心さえ覚えた。しかもその男性は、服装もきちんとしていて、裕福そうに見える人だった。そういう人がそんな話をしているのかと思うと、世の中はいろんな人がいるものだと、少し呆れてしまった。 しばらく移動すると、繁華街の明かりが少しずつ減って住宅が増えてくる。すると、その男性が途中で道を曲がり、近くの家の方へ入っていった。どうやら、近所で降りたらしい。さっきまでただの通りすがりの人だったのに、急に「近所の人」になる。それにも少し驚いた。 ブタはそんなことを気にせず、静かに鼻を鳴らして歩いているだろう。夜の街で一番落ち着いているのは、たぶん通りすがりのブタかもしれない。  移動する車内では私より年齢が上のおばさんがマウント取りながら優先席に座っていった。気持ち悪い。さっきまで颯爽と歩いていたくせに、マウント取りながら優先席に座っていった事の私の後方には貧困層で体調の悪そうな中年女性が乗ろうとするのに、とマウントおばさんを睨みつけたら優先席からマウントおばさんは席を立った。貧困層に見える杖をついた太った長い髪を振り乱す中年女性はまた、さも何か警戒するように私を見た。マウントおばさんを睨みつけ無言の圧力かけてどかしてたからだろう。こっち見るな、お前の為に圧力かけてやったんだから、知能の劣る杖突きに義理などないが、体調も悪そうだし、傷病や貧困層とは差別されすぎて警戒心が強いものだからしかたがない。席を譲らせて、あとはこっち見るな、と邪険な態度を取るしかない。関わりたくない。なぜ、私は無関係なひとに、ましてや足の悪い杖突きのおばさんらに以前に死ぬほど嫌な思いをさせられて、憎んでさえいるくらい気持ち悪いひとたちに優しく出来てしまうのだろう。正直、知...

春の雨

 今日は小雨混じりの雪が降ると天気予報では言っていた。 紺色のパーカーを羽織り、フードを被りながらランニングする若い男性。 冷めるような赤い帽子を被った自転車に乗って通り過ぎるお爺さん。 駐車場でぼんやりしてから発進する軽自動車。 どれも私にはどうでもいいことで、無関係なことだ。 人間が動くたびに景色を見ることが削がれる時間が発生する。 私が外を見ている間は春の雨の予報は外れていた。 昨夜は帰りに春雨に打たれた。 雨の中に春の匂いを感じた。 久しぶりのような気がする。 もうすぐ、季節は変わる。 その時に、私は何かが変わるのだろうか。