通院した
頸椎損傷、十二指腸潰瘍、うつ状態、身体欠損等。
今日は通院の日だった。
病院へ向かう道は、何度歩いても特別な気持ちになる。少しの不安と、「今日は少しでも良くなっているだろうか」という希望が入り混じる。
頸椎損傷があり、慢性的な痛みや体の不自由さと向き合う毎日が続いている。そして、十二指腸潰瘍の治療も続けている。体の不調は食事や睡眠、日常生活にまで影響を及ぼし、「健康でいること」がどれほど大切だったのかを改めて教えてくれた。
しかし、一番苦しかったのは体だけではなかった。
長く続く痛みや体調不良は、心にも大きな負担を与える。さらに、病気や疾患に対する偏見や誤解、無理解、孤立を感じる経験が重なると、「自分は社会から受け入れられていないのではないか」という思いが強くなっていく。
こうしたさまざまな要因が重なり、私は病と向き合うことになった。
うつは、決して「気持ちが弱いから」なる病気ではない。身体要因、強いストレス、生活環境、無理解、周りの無知、差別など、複数の要因が関係すると考えられている。そして、社会的孤立や差別、偏見、ハラスメントなどの心理社会的ストレスが、発症や悪化の一因となることも指摘されている。
診察では現在の症状を伝え、薬や今後の治療について説明を受けた。通院は決して楽ではない。それでも、自分の体と心の状態を確認し、治療を続けるための大切な時間だと感じている。
病院を出たとき、ふと思った。
健康だった頃は、普通に食事ができること、痛みなく眠れること、外へ出かけられることを当たり前だと思っていた。
今は、その一つひとつがかけがえのないものに思える。
社会に伝えたいこと
病気や疾患は、本人の努力不足で起こるものではない。人にもよるが、事件事故、周囲からの加害によって引き起こされた。それにもかかわらず、偏見や誤解によって苦しみがさらに大きくなってしまうことがある。
社会から排除されていると感じる経験や、理解されない苦しみは、人の心に深い傷を残す。
だからこそ、必要なのは責めることではなく、理解しようとする姿勢だと思う。
もし今、この文章を読んでいる方が、うつ病や疾患、あるいは長引く痛みで苦しんでいるなら、どうか一人で抱え込まないでください。助けを求めることは、弱さではありません。
今日の通院も、回復への一歩でした。
治療には時間がかかるかもしれません。それでも、自分の体を大切にし、自分の心を大切にしながら、一歩ずつ前へ進んでいきたいと思います。
そして、病気や疾患のある人もない人も、お互いを尊重し、安心して暮らせる社会が広がっていくことを願っています。
何十年もの間、配慮も支援も一切受けることなく、「健康な人」として学校を卒業し、留学もし、就職し、パンデミックの中でも働き続けてきた。その努力は、誰にも見えなかった。
「理解」や「合理的配慮」という言葉は、私の人生には存在しなかった。助けを求めても与えられず、それでも当たり前のように生きることを求められた。
それなのに、今になって軽々しく理解者を名乗る人たちを見ると、私は心の底から呆れる。笑顔で接しながらも、「あなたたちは、本当に何も見えていなかったのだ」と感じることが何度もある。
私を侮辱してきたのは、一人の誰かではない。見て見ぬふりをし、当然のように無理解を積み重ねてきた社会そのものだった。