至る所での人間関連
今日は、信頼というものについて考えていた。
よく「患者は医者を信じなければならない」と言われる。けれど実際には、絶望的な状況に置かれている側ほど、もう簡単には誰も信じていないのだと思う。
信じられないのは、むしろ傷つき、追い詰められた側の当然の反応なのかもしれない。
だから本当に信頼を差し出さなければならないのは、治療する側、支える側、上に立つ側なのだろう。
「信じてください」と要求するのではなく、相手が信じられない状態ごと引き受けること。
その忍耐や継続の方が、実はずっと重い。
患者の側からすれば、信頼は遥か遠くにある。
「この人を信じてみよう」と思える瞬間など、滅多に訪れない。
むしろ、「信頼を与えてやる」と感じる時の方が近いのかもしれない。
つまり関係は最初から対等ではなく、下から上へ懇願する形でもない。逆だ。
これは医者と患者だけの話ではないと思う。
教師と生徒。上司と部下。親と子。国家と市民。
力や責任を持つ側ほど、「信じてもらう努力」を先に負わなければならない。
弱っている側は、疑うことでようやく自分を守っている。
だから信頼とは、要求されて生まれるものではなく、
待ち続けた側に、ようやく返ってくるものなのだと思う。