理不尽な死

また、ひとつ理不尽に出会った。

言葉を飲み込んだ瞬間、胸の奥がきゅうと縮んだ気がして、しばらく呼吸が浅くなった。

「なぜ、こんなことがまかり通るのか」

そう問いかけたくなるような場面は、

気を抜けば日々の隙間にこっそり入り込んでくる。

怒りが熱を持つ前に、一歩だけ引いて、目を閉じてみる。耳を塞ぐ。内在的な何かのそれらが「今」を教えてくれる。

理不尽は消えないけれど、それに心を委ねるかどうかは、自分で選べるのかもしれない。

あの人の言葉も、あの場の空気も、

今の私を決める力は持っていない。

お茶をいれて、好きな音楽をかけた。

静かな時間の中に、自分を戻す。

怒りも、悲しみも、どこかへ押しやるのではなく、

そっと隣に座らせて飲み物を飲む。

きっと、それだけでいい。

一日を、また少しでも軽くするために。

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