「分子アーキテクトの一日」
今日は、朝の散歩でいつもより風が冷たく感じた。
季節の変わり目が、確かに近づいている証拠だ。
歩きながらふと思い出したのは、今年のノーベル化学賞の話題だった。
「金属有機構造体(MOF)」
微細な金属と有機分子が組み合わさり、まるで分子レベルの建築物を作るような素材だという。まさに「分子アーキテクチャー」だと、委員会は評していた。
この小さな構造体が、地球の大きな課題を解決する鍵になるかもしれない。
空気の浄化やCO2の捕集、薬剤の運搬にも応用が期待されているという。
そんな壮大な科学の物語が、私の足元で踏みしめる落ち葉や、風に揺れる草の間にひっそりと息づいているように感じた。
帰宅後、洗濯物をたたみながら、目の前の繊維とMOFの分子構造がどこか繋がっている気がして、
自然と手がゆっくり動く。台所では、農家直売所で買った野菜を切りながら、細胞壁の隙間にMOFのような分子の織り成す網目を想像していた。あの網目が効率よく分子を捕まえる様子は、料理で香りを閉じ込めることにも似ている。
午後は部屋の掃除。
埃を吸い取る掃除機のノズルの先には、目には見えない無数の微粒子がある。
もしかしたら、将来MOFの技術で空気の汚れを吸着し、部屋をまるごときれいにする機械ができるのかもしれない。
科学の進歩は、日々の当たり前を少しずつ変えていく。私はその変化の只中にいる。理屈を感じながらも、心はいつも自然の声に耳を傾けている。
今日も、重力に引かれながら、分子の世界と地球の大気の間を、ゆっくり歩いている。