記録:沈黙について


最近、爆破予告や施設などへの攻撃的な事件が続いている。学校、精神科クリニック、地下鉄、電車、老人ホーム、商用施設、公共機関、首相、天皇家の家系。無差別にも見えるが、どれもどこかに“意図”があるように感じられる。それは、目立つ弱者や制度の象徴を“標的”にするという形で現れている。

加害者とされる人間の背景にあるもの。それは、社会の隅に置かれ、長く誰にも見られなかった被害感情の積み重ねだ。行政の制度はある。医療もある。介護も教育も“整っている”ことになっている。だが、いざその恩恵に触れようとすると、想像以上に“遠い”。

申請書類の複雑さ、手続きの煩雑さ、冷たい窓口の対応。それらは、全て仕事をしながら、他の方法も探しながら、家庭を維持しがら、家計を管理しながら、その手続きもしながらだから個人がタスク処理する総数は優に100種類以上を熟す。それも心身が思わしくなく、被災に被害に遭いながら熟していく。食べる暇、寝る暇などなく熟し続けて辿り着く。「制度に守られている」と言われながら、実際には“自力でその制度を探し出し、正確に使える人”だけが助かっている。支援はあるが、支援に辿り着くまでの道がそもそも設計されていない。プロでも素人上がりながら煩雑さに苦慮するのを、素人個人がプロと組織を相手に個人で渡り歩いて行うのだ。心身不調でも並大抵の素人が出来る事ではない。

いっぽうで、富裕層の家庭の子どもたちは、制度を使う以前に“用意された環境”の中で育っている。教育も医療も、あたかも空気のように整っている場所で。その無自覚な優遇を、誰も疑問に思わない。だからこそ、怒りは積もる。

社会は「頑張る人を応援する」と言うが、頑張れる余力がなくなった人に対しては、容赦がない。その結果、支援の場面では、受ける側の人間が「甘えている」「恵まれている」「わがまま」「気持ち悪い」などと断じられていく。

「声を上げる者が悪目立ちする」という構造がある。静かにしていれば攻撃されずに済む。そう信じて沈黙を選び続ける。けれど、その沈黙は、やがて爆発する。爆発することでしか、社会がこちらを見ることはないのだと、誰かが思ってしまったとき

それが「事件」になる。

私は観察者でもある。震災や災害渦中前後には制度に助けられた経験もあるし、制度の冷たさに絶望したこともある。医療の現場で、言葉を失っている患者を何人も見た。行政の現場で、書類だけが積み上がり、人が消えていく光景も見てきた。震災時、災害時、医療福祉行政の世界で「あなたはまだマシ」と言われて黙った夜もあった。仮に与えられる仕事は「死んでも構わないリスクのある仕事、金と時間がかかる仕事、異種業者全てを委託する」タダ同然、寧ろ、マイナスになることを熟させられる。誰もやりたがらない仕事ばかりだ。

これは個人の感情ではあるが、個人の問題ではない。社会の構造が、静かな怒りと、静かな諦めを育てている。「被害者」と「加害者」の線は、私たちが思うよりも曖昧で、環境と偶然によって容易に入れ替わる。

行政が怠慢なのではない。制度が冷たいのではない。そのように「設計された」社会の中で、誰もが正しいことをして、結果的に無力になっている。「鳥も鳴かずば撃たれまい」そんな諦めが広がっている。だが、鳴けない鳥が増えれば、やがて空そのものが沈黙する。

私はまだ、この記録を書けている。怒りもあるが、言葉にできるだけの冷静さもある。それが、今の社会の境界線なのかもしれない。

声が届くかどうか、それだけが、救いと暴力の分かれ道になっている。




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